A CHAIN OF CRAFT
生まれ変わった、
水沢ダウンのファブリック
Launch 2026.08.21
なめらかな肌触りと、端正な表情。縦にも横にもよく伸びて、雨風を防ぎながら、長年の着用に耐えうる強度を備える。それらすべてを理想的な状態でバランスさせる。ある職人は「正直、難しいんじゃないかと思っていた」と開発当初の印象を語る。2026年秋冬シーズンより生まれ変わったデサント オルテラインの水沢ダウンのファブリック。はっ水加工の変更に端を発する生地開発は、一本の糸から加工に至るすべての過程を見直すことからはじまった。
「新しい水沢ダウン」をつくる。愛知、福井、石川、そして岩手・水沢工場へ。異なる土地で、それぞれの技術を磨いてきた日本の職人たちによって紡がれるモノづくりの現場を訪ねる。
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01
製糸_NAGOYA, AICHI
それは糸からつくられる
きっかけは、環境への影響を考慮したフッ素を使用しないはっ水加工への移行だった。従来の生地に新たなはっ水加工を施すと、物性*1が大きく低下し、加工方法を変えるだけでは求める水準には届かないことが分かった。糸そのものから見直すことで新たな可能性を見出せないか。ポリエステルからナイロンへ。素材の変更を決断したことが、今回の生地開発における大きな転換点となった。
水沢ダウンのモノづくりは、一本の糸からはじまる。愛知県・名古屋市にある東レ・愛知工場では、原料となるチップを加工し、糸を作る「製糸」の工程を担っている。水沢ダウンの生地は、優れた物性だけでなく、シームレスな圧着縫製に対応する安定性と、身体の動きに追従する高いストレッチ性、そして品の良い端正な表情が求められる。それらの条件を満たすために採用されたのが、東レが開発したナイロンのストレッチ糸。一本の糸の内部に異なる性質を持つ二種類のポリマーを緻密に配置し、熱による収縮率の差によって、糸に自然なコイル状の縮れを作り出す。その独自構造は、長年に渡る研究開発によって生まれた技術によって支えられている。
※1 物性:生地の強度、耐久性、伸縮性、摩擦への強さなど、素材が持つ物理的な性質。デサントでは、製品化にあたってクリアすべき高い物性水準が厳格に定められている。
「自分自身が
おもしろいと思えるか。
つくり手の
ワクワクする気持ちは、
お客様にも伝わる」
愛知工場は、ユニークな文化を持つという。大規模な量産工場では自動化が進む一方、ここには人の手を介しながら少量の試作や実験的な糸づくりを可能にする環境がある。工場内には、新旧さまざまな設備が並び、開発部門の研究者と製造部門の現場技術者が密に言葉を交わしながら、挑戦的な糸づくりが行われている。「やっている自分自身がおもしろいと思えるか。これまでにない糸づくりを通して、新しい機能や仕上がりをイメージする。つくり手のワクワクする気持ちは、お客様にも伝わると思っています」。

02
織り_SAKAI,FUKUI
生き物と対峙するように
「これだけ密度があるにもかかわらず、なめらかでストレッチ性もある。美しいですね。入社して30数年のなかでも、数えるほどの仕事」。織りの工程を担当した職人は、開発をこう振り返る。
福井県・坂井市にあるパートナーの機屋工場は、糸の「仮撚り」から「織り」までを一貫して行うことのできる数少ない機屋として、長年ナイロンの織物を手がけてきた。製糸工場から上がってきた糸は、織る前に撚る工程を経る。仮撚りとは、糸にさらに撚りを加えて熱で形状を固定し、その後撚りを戻すことで細かな縮れを生み出す工程のこと。これにより糸は空気を含みやすく、生地にふくらみやストレッチ性、しなやかな風合いが生まれる。この工場では、創業から今日までの数十年に及ぶ知見をもとに、最適な「撚り」と「織り」のバランスを導き出すことができる。
また、ナイロンは、空気中の水分を吸収しやすく、工場内の湿度が下がると糸に毛羽が生じて安定して織ることが難しくなる。そのため、工場内の湿度をおよそ70パーセントに保ちながら、糸の状態を見ながら織り上げていく。一度条件が決まっても、同じ設定で織り続けられるわけではない。糸には一本ごとのばらつきがあり、気温や湿度も日々変化する。織機のノズルの高さや角度、糸を飛ばすタイミングを記録しながら、その日の状態に応じて日夜細かな調整を続けていく。
「細かなニュアンスや
感覚値を各工程で
共有できていたからこそ
生まれたもの」
今回使用されたタテ糸は、もともとニット用として開発されたもの。柔らかく滑りがよい一方、繊細で扱いが難しい。だがこの工場では、長年の経験によりそのような繊細な糸でも織ることができる。そこに東レ・愛知工場でつくられた高い伸縮性を持つヨコ糸を通していく。一本のタテ糸と一本のヨコ糸。それらをどのような密度で組み合わせるかによって、生地の強度、伸縮性、風合いは大きく変化する。織りの密度を高めるほど耐久性はあがる一方、糸が動く余白はなくなりストレッチ性は失われていく。また、伸縮性の高い糸を高密度で織ると、生地表面にシボと呼ばれる細かな凹凸が生じて品位を損なう。毛羽立ちや伸縮性を損なわないよう糸のテンションをできる限り低く抑えながら、ゆっくりと織り上げることで高密度ながら糸の持つポテンシャルを活かす生地に仕上げていった。「過去に例がないほど密度を高めて織っていった。どうなるかなと心配していたけれど、最終的には染色・加工の職人さんたちがうまくまとめてくれた。感謝ですね。今回の生地づくりは、繊細なニュアンスや感覚値を各工程で共有できていたからこそ生まれたものです」。

03
染色_KOMATSU, ISHIKAWA
生地をなだめ、
長所を伸ばす
織り上がったばかりの生地は、「生機(きばた)」と呼ばれる。まだ色はなく、最終的な風合いやストレッチ性も十分には引き出されていない。染色は、単に生地へ色を与えるだけでなく、熱などを加えながら糸を収縮させることで、糸が本来持つ伸縮性を引き出し、生地のふくらみや表情を整えていく工程でもある。
「上がってきた生地そのものが、最初の会話になります」。機屋から届いた生機を見て、糸の使い方や織りの密度も確認する。そして、染め上がったときにどのような表情であるべきか。数値だけではなく、触れたときの感触まで想像しながら仕事に向かう。染色を担ったパートナーの工場では、従来にはないいくつかの工程を新たに組み込み、染めの温度や時間、工程の順番を考えながら試作を重ねていった。ヒントになったのは、過去に試行錯誤した加工方法だった。生地を一気に収縮させるのではなく、細かく何度も状態を確かめながら段階的に追い込んでいく。表面を荒らさず、糸が持つストレッチ性を引き出すため、いわば生地の機嫌をとり、“なだめる”ように加工を施していく。こうして通常より手間をかけた、水沢ダウンのためだけの新たな工程が生み出された。
「上がってきた
生地そのものが、
最初の会話になる」
染色は、その技術だけでなく土地の環境、とりわけ水質が仕上がりを左右する。四季があり、気温や湿度も変化する日本で、毎回同じ色を再現することは簡単ではない。豊かな自然に囲まれ、良質な水が流れる土地で、季節ごとの変化を読みながら条件を微調整していく。その積み重ねも、長年の経験によって培われたひとつの技術である。
今回の生地変更によって進化したことのひとつに、発色の美しさがある。従来のポリエステルは染料を繊維の隙間へ浸透させるのに対し、ナイロンは化学反応によって繊維の内部までスムーズに染み込むため、深く鮮明な発色が表現しやすい。特に黒の印象が大きく変わった。奥行きのある濃色と、なめらかな生地表面が重なることで、これまで以上に端正で美しい表情が生まれている。最終的に、複数の試作のなかから、担当者自身がとっておきだと感じていた一枚が採用された。「自分の感覚とブランドが目指していたものが一致したときが、一番うれしいですね。間違っていなかったと」。

04
後加工_KOMATSU, ISHIKAWA
最高のバランスを求めて
染色を終えた生地には、はっ水とラミネート加工が施される。ラミネート加工は、表地となるナイロンに透湿性の高いポリウレタンの膜を貼り合わせることで、雨風を防ぎながら、衣服内部にこもる水蒸気を外へ逃がすもの。はっ水加工との組み合わせによって、水沢ダウンに必要な防水性、透湿性を与え、最終的な生地へと仕上げていく工程である。
最後の工程を担う加工場にとっても、ポリエステルからナイロンへの変更は大きな挑戦だった。それは例えば、ラミネート加工。接着剤を多くすれば、膜の接着強度は高まるが、生地の伸縮性や透湿性は低下する。反対に、減らせばストレッチ性は残るものの、十分な剥離強度を確保しにくくなる。接着剤を置く点の形状や間隔、使用する剤の種類や量。膜の貼り合わせ方法まで、数多くの組み合わせを検証する。はっ水加工では、通常の半分以下の速度で機械を動かしゆっくりと加工することで、ストレッチ性や風合いを保ったまま、はっ水剤を定着させた。「物性は落とせない」。フッ素を使用しないはっ水加工でありながら、優れたはっ水性能を実現することに加え、水沢ダウンが定める厳格な物性基準を満たす必要があった。
「最終段階で
11種の水準を残して
検証する
ことは
あり得ないこと。
できる可能性を
すべて網羅していった」
通常であれば、3水準ほどの試作をつくり、そのなかからひとつの方向性を選んで調整していく。しかし今回は、加工工程だけでも十数種、ひとつ前の染色工程との組み合わせも含めると、試作は27水準に及んだという。「最終段階でも11種の水準を残して検証することはあり得ないこと。できる可能性をすべて網羅しながら、物性と風合いが両立するものを探していきました」。何かひとつの性能を突出させることよりも、はっ水性、耐久性、ストレッチ性、透湿性、風合いを高い水準で均衡させることのほうが、はるかに細かな検証を必要とする。こうして仕上がった生地は、従来と比べてナイロンならではのしなやかで柔らかな風合いへとアップデートしながら、生地の白化現象の発生を限りなく抑えるなど、より長く着用することのできる優れた耐久性をも両立させている。
「ここまでこだわらせてもらえる機会は、滅多にない。大変さはありますが、それだけ僕たちの技術や仕事への姿勢を信頼してもらえているのだと思うと嬉しいですね」。
「この一枚に
メイド・イン・ジャパンの
良さが詰まっている」
開発がはじまったのは、およそ二年前。製糸、織り、染色、後加工。前の工程で何が行われ、次の工程で何が求められるのかを、それぞれの工場が理解しながら仕事をつないでいく。ひとつの工程だけで答えを出すことはできない。デサントの開発チームが目指すべき理想を掲げ、職人たちへの敬意を持って調整を重ねていく。そうして、異なる技術がひとつの方向へと束ねられていった。
「モノをつくるときは、チームでつくる。それぞれが同じゴールを共有して、強みを生かしながらひとつのものを形にしていく。日本の繊維産業が培ってきた分業の技術と、感覚値も含めた職人同士の連携があってこそ生まれたもの。この一枚にメイド・イン・ジャパンの良さが詰まっていると思います」。